人に迷惑をかけてはいけない、と教わって育ってきた。ずっとそうやってきた。あれも迷惑だな、やめよう。これも迷惑だな、やめよう。どんどん消えていって、結局、自分が生きて人と接すること自体、迷惑だなと思うようになった。 自然と、孤独に生きることが、一番楽になっていった。申し訳ないけど、そっとしておいてほしい。自分のことは、そこに居ると思って欲しくない。いてもいなくても一緒なポジションがいい。椅子一つだけ空けておいてくれれば、勝手になんでもやるから。一人でできずに困っていても、助けないでほしい。それも自分のせいだと思えば、甘んじて受け入れるから。それで死んでも後悔しないから。そういう不干渉の位置から、皆が私を置いて幸せになっていくのを、ただ見守っていたい。その発想はもはや、生きている人のそれではないけれども、そうやって生きてきたのだから、今さら変えるなんて無理。だから、これからもそうやって生きていくしかない。

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自分がまだ知らないことに出会うことは、

未来に向かって進んでいるように見えるけれど、

それは、私がそれに出会う前から、そこにあって、

私とは無関係に、好き勝手やっていたに違いない。

その意味では、私は、過去に出会ったといえるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やさしさ

やさしい人が、幸せになれるとは限らない。

やさしさは、見返りを求めない愛情だから。

それでも、やさしい心に宿る、

偏りのないニュートラルな心は、

どこまでも誇らしく、あたたかい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きてる証、ひとつ。

喪失感を覚えたら、それと引き換えに、お星さまをひとつ、心の中のノートに描こう。

それは、あなたの人生が、あなたにくれた、大切な贈り物。

失う、という面ばかり見ないで、それがもつもう一つの意味を考えよう。

それは、あなたが生きた証。