随想・詩

文化を守ること

村の役人が、漁師に言った。 「この村の誇る伝統的な漁法の文化が、技術革新によって失われつつあります。漁師の皆さんには、貴重な文化を消さぬよう、伝統的な漁法による漁を続けていただきたいのです。」 漁師は役人に言った。 「守らなきゃ消えちまうよう…

美術館

休日の美術館、順路の中ほどに展示してある絵に、目が留まった。 暖炉の柔らかい光が充満する部屋で、白いひげが印象的な眼鏡の男性が、本のページの角を指でつまみながら、穏やかな顔で、そこに書かれた文字を追っている。 俺は、読書にふける絵の男性を、…

きれいな抽象論・うすぎたない具体例

自信満々に、男が語っている。 「いいですか。今、あなた方のすべきことをまっすぐに捉えて、それをいつも頭の片隅に置いておくのです。そうすれば、人生にとって大切な場面で、自信を持って生きることができるでしょう。」 拍手が起こった。聴衆は、そのと…

how to do

来年8月末までに、この小説を完成させなければならない。 締め切りは来年の夏だから、まだまだ先。 しかし、まったく筆が進まない。 締め切りが遠いから、やる気が起きない。 師匠の坂本先生に相談した。 坂本先生は、そうかそうかと話を聞くばかりで、具体…

欠けて色がつくこと;満ちて白くなること

203号室に案内された客は、この部屋には電話が無いじゃないかと驚いて、仕方なく、慣れない手紙を書いて、家族に近況を報告することにした。手紙を書き上げた彼は、たまには手書きもいいものだ、と満足している様子だった。 204号室には、テレビがなかった。…

こどものつづき

まだ知らない、あの駅まで行けば ひょっとしたら、 僕の小学校があって 校庭で友達がサッカーしてるかもしれない あの駅は、まだ知らないから

ことばの浮かび方

私の頭の中のことは、それ自身が言葉になりたがっているわけではない。 わたしが、それを人に伝えたいから、言葉にする。 だから、それを伝えたい人を、具体的に思い浮かべると、 頭の底に沈んでいる数々の言葉が、空気を含んだように軽くなって、ぷくりと水…

くまさん

わたしを買ったのは、あなた。 だから、わたしがここにいるのは、「あなたが為」よ。 わたしは、あなたに笑顔になってもらいたい。 だから、わたしがここにいるのは、「あなたの為」よ。 ぬいぐるみの命は、いつかあなたに捨てられる時に、いちど終わる。 だ…

雨上がり

夕陽を湛えた水滴は、宝石にも勝る。

めぐりあい

あの日、映画館で 私の左後ろの方に座っていた 咳の音がうるさかったおじさんは 今頃、元気にしているだろうか。

リマインダ

数年前に作製されたPDFファイルが、ぜんぜん黄ばんでいないから、 なかなか気付かないけれど、 確実に時間は経っている。 毎日のように沈んでいく太陽が、今日も空を真っ赤に染めている。

サーカス

サーカスを、先頭で見物している。 もう11回目。 うしろの連中は、そろそろ私に何か言ってきそうな気配だ。 でも、帰りたくないな。 帰った方が良いのかな? 12回目も、きっと同じだ。

船は風にのって、世界の観光名所を、テンポ良く巡っていました。 乗客は、次々にその目に飛び込む圧巻の風景に、酔いしれています。 乗客の中に、ひとつの街を見終えて船に戻ると、船の奥にある部屋に閉じこもってしまい、もうそこから数時間は、いくら船が…

既視感

上司に恥をかかせてしまった俺は、夕方、玄関に鞄を置いて、自室の扉を閉めた。 これからどう生きていけばいいか。絶望し、猛省し、あれこれと悩んだ。 サンダルで外に出て、西日の射す大通りを、ゆっくりと散歩する。 そのうちに、ひとつの解決策が、ぽこん…

モノクローム

白黒がカラーになった瞬間に 不気味な音楽が鳴り始める 自分と無関係に思えた世界だったのに 音楽はここまで迫ってくる

化石

葉っぱの化石にお湯をかけたら、ぽこぽこ、むかしの酸素を吐き出し始めた。 私は、むかしの空気をちょっとだけ知っている。 むかしを含んだ部屋に、今日の夕陽が差し込んでいる。 葉っぱがお湯の中で揺らいでいる。

音色

嫌なことがあって、心がすさんでいるときは、頭の中に流れる曲も、どこか味気ない。 友人から、明日はどこどこへ行かないか、という誘いのメールをもらった。 俺は嬉しくなって、もちろん行くよ、と返事を書いた。 頭の中には、先ほどは浮かびもしないような…