船
船は風にのって、世界の観光名所を、テンポ良く巡っていました。
乗客は、次々にその目に飛び込む圧巻の風景に、酔いしれています。
乗客の中に、ひとつの街を見終えて船に戻ると、船の奥にある部屋に閉じこもってしまい、もうそこから数時間は、いくら船が次の観光地に停泊しようと、決して出てこないという人がいました。
少し気になったので、タイミングを見計らって、その人がいる部屋に行ってみました。
そこで分かったのですが、その人は、数時間前に訪れた街で得た感動を、ノートに書き留めるという作業をしていました。
その人に聞いてみました。
なぜ次の街を見ないで、そうやって何時間も部屋でノートを書いているのですか。
その人は言いました。
この船は、私にとっては、街から街への移動が早すぎて、とても頭が追いつきそうにないのです。これでは、どの街もよくわからないまま終わってしまいそうです。
ですから、一つの街に、きちんと満足いくまで感動し尽くしてから、次の街を見ることにしています。
その間にいくつかの街は見逃すことになりますが、それは仕方がないと思っています。