きれいな抽象論・うすぎたない具体例

自信満々に、男が語っている。

「いいですか。今、あなた方のすべきことをまっすぐに捉えて、それをいつも頭の片隅に置いておくのです。そうすれば、人生にとって大切な場面で、自信を持って生きることができるでしょう。」

拍手が起こった。聴衆は、そのとおりだ、なんて役立つ教訓だ、と感動している様子だ。

ところが、質疑応答の時間に、ひとりの老人が手をあげた。

「私は消防士だったから、一人でも多くの命を助けることが、自分のすべきことだ。そう信じてやってきた。毎晩、寝る前にそれを声に出して確認するんだ。しかし、8年前の例の大火事のとき、私は、炎の向こうで泣き叫ぶ女性を救えなかった。

炎を前に、自分の使命なんて吹き飛んで、命が惜しくなったんだ。

それをきっかけに私は自信を失い、消防士を辞めた。

ここにいる皆さんはあなたの話に拍手喝采で、良い教訓を得たといって満足げだけれども、あなたの話は、本当にそんなに綺麗にいくのかい。」

聴衆はみな、首をかしげている。こんなに良い講演だったのに、この老人は何が不満なのかと言わんばかりだ。